Top / 「日本の歯科医療政策」序章……歯科医療の政策分析より

「日本の歯科医療政策

野村眞弓、広井良典、尾崎哲則著

著者略歴

野村眞弓(のむら・まゆみ)
1958年生まれ.
日本大学歯学部事務局に勤務する傍ら,2005年千葉大学大学 院博士課程修了(社会保険・医療政策).
同大大学院社会文化科学研究科公共研究センターCOEフェローを経て,現在特定非営利活動法入日本医学交流協会医療団勤務,千葉大学医学部附属病院特任研究員,日本大学歯学部非 常勤講師.

広井良典(ひろい・よしのり)
1961年生まれ.
1986年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.
厚生省勤務を経て,1996年より千葉大学法経学部助教授,2003年より同教授.
著書に『アメリカの医療政策と日本』(勁草書房,1992),『医療の経済学』(日本 経済新聞社,1994),『日本の社会保障』(岩波新書,1999),r生命の政治学』 (岩波書店,2003),『持続可能な福祉社会』(ちくま新書,2006)ほか.

尾崎哲則(おざき・てつのり)
1956年生まれ.
1987年日本大学大学院歯学研究科修了,歯学博士.
日本大学歯学部教授,日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校長併任.
共著に『スタンダードロ腔保健学』(学建書院,2001),『歯科医院からはじめる禁煙支援』 (クインテッセンス出版,2002)ほか.


「日本の歯科医療政策」序章……歯科医療の政策分析より



 本書では医療制度改革にあげられている患者の選択、健康の自己管理、医 療給付の範囲や混合診療といった論点が早くから認識されてきた日本の歯科 医療の政策的な分析を試みた。歯科医療は1970年代に2大疾患であるう蝕 と歯周病が感染性の疾患であることが解明され、医療のパラダイムの変化が 生じた。しかも、同時期に福祉国家政策の見直しが始まり、多くの国で医療 の市場化の対象となった分野である。

 国民皆保険制度をとる日本ではあまり意識されていないが、歯科医療費の 約半分を占めている歯科補綴処置(義歯)は、疾患の治癒を目的とした治療 ではなく、歯の喪失による機能の補完・回復を目的としている。そのため、 先進諸国の公的歯科医療制度では歯科補綴処置は給付の対象としないか、対 象範囲や給付率を限定していることが多い。社会保険制度上、歯科補綴処置 を広く給付対象としてきた日本とドイツはいわば少数派であり、日本での歯 科の混合診療はこの補綴処置に関連している。一方、感染症であることが解 明された2大歯科疾患であるう蝕と歯周病は、小児期のう蝕への感染リス クの抑制と、成人に対する生活習慣病としての予防と管理の重要性が認識さ れるようになった。

 1970年代以降に先進諸国で進められてきた医療制度改革においては、歯 科関係では小児に対する定期歯科検診や予防処置などのう蝕予防施策の強化、 小児や未成年者に対する基本的な治療の無料提供、成入への定期歯科健診の 義務付けと歯科医療給付の連動,補綴処置に対する公的医療給付の制限など が行われてきた。ドイツでも歯科補綴処置への給付率は段階的に引き下げら れ,2005年1月から公的医療保険の対象から追加的医療保険へと移行した。 それと平行して、小児のう蝕予防への医療給付を開始し、小児う蝕の抑制に 成功した。

 日本ではまだこのような制度改革は実施されておらず、小児のう蝕罹患率 は先進諸国のなかでは最も高い水準にある。そもそも、日本の医療制度で歯 科医療はどのように位置付けられてきたのか。なぜ、日本とドイツは補綴処 置を医療給付に組み込んだのか。

 医療費とGDPの関係を国際比較したNewhouseは、)かな国ほどキュ アよりケアが消費される、∪度要因は内生的であり、各国は自国の所得水 準にふさわしい医療制度を発見する,という2つの政策的含意を推論した (Newhouse,1977)。19世紀末に社会保険制度を創設したドイツと、第1次 大戦後にそれを導入した日本は、先進諸国のなかでは後発の産業国家という 共通点を持っている。また、政府を保険者とする国民健康保険制度の創設、 国民皆保険の達成,社会保険制度に国庫負担という形での税を投入といった 日本の社会保険制度の展開は、Newhouseの第2の政策的含意の例と考えら れる。

 また、成熟した経済社会と高齢化という先進諸国としての共通の課題に直 面し、可能な医療制度の改革を迫られているという点でも日本とドイツは似 たような状況にある。"医療費の水準は,高齢化水準とは独立に決まり、そ の水準はきわめて政治的・行政的に決められるものであり、この意思決定過 程に重要な影響を与えるのは所得である"(権丈,2006,175)とすると、医 療経済学的にはキュアではなくケアの範疇に入る歯科補綴に対する給付を段 階的に縮小したドイツと、医科と歯科で同じ給付率を維持している日本の違 いはどのような政策決定によるものなのか。

 さらに,医療費上昇は、高齢化や所得の増加,供給増などの要因では説明 できないその他の要因、そのなかの医療技術の進歩が主との推測(New- house,1992;命2006)及び、医療制度改革の主要な論点が医療費抑制にお かれていることは、医療が「イノベーションのジレンマ」に陥っている可能 性もある。"技術進歩のペースが主要顧客が求める、あるいは吸収できる性 能向上のペースを上回る"、すなわち"競合する複数の製品の性能が市場の 需要を超える"と、顧客の選択基準は、"性能から信頼性,さらに利便性か ら価格へと進化することが多い"(クリステンセン、2001)とすると、日本の 一歯科診療所での患者の支払い方法が「保険と自費の併用」から、「保険のみ」 にシフトする傾向は、高齢化や経済環境の悪化だけではない可能性もある。


出典:日本の歯科医療政策
出版社: 勁草書房

歯科医療政策を考えるにあたり良書です。ご一読をお勧めいたします。




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Last-modified: 2007-07-06 (金) 09:22:57 (4126d)