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特別論文 供給過剰時代の歯科医療

「歯科医療白書」日本歯科医師会2003年より
http://www.shien.co.jp/books/3083.html

ー市場原理主義にまかせてよいかー

京都大学名誉教授 伊東光晴



80年ごろが診療報酬の屈折点 !

 そこにいた時には、定かではなかったけれども、過ぎ去って見ると、あの時が大きな屈折点であったと思える時がある。また将来は不確実であり、わからないことの中にあるけれども、その中で確実に言える数少ないこともある。こうしたことを無視して現在の行動を決めることは愚かなことである。
 第一は、今まで問題をはらみながらも、比較的順調に推移してきたものが、おかしくなってきた屈折点は、経済に関するかぎり、1980年ごろである。そこに至るまで、60年ごろからを見ると、日本でもアメリカでも経済成長と平等化が同時進行している。だが80年代に入り、それ以後は、不平等が拡大し、経済は変調を示しだしている。
 歯科医師の所得についてみても、ー理由は異なるけれどもー80年ごろを境に、それまでは比較的恵まれた時代が続き、それ以後は冬の時代に入っている。過去の診療報酬改訂の経緯を見てみよう。
 1967年から81年にかけての診療報酬の引き上げを見ると歯科の上昇率はかなり大きい。74年のごときは2月に19.2%上がり、10月に16.2%上がっている。67年のはじめを100とすると、81年6月の改定によって診療報酬は256.1になった計算であり、この15年間に2.56倍になったのである。
 もちろん医科も上昇した。同じように計算すみと、100のものが244.5になっている。この場合これは病院と診療所の平均の上昇率である。だがこの15年間に医科において生じたことは、高次医療の進展、医療技術の進歩による医療点数の大きな変化であり、それによる一般診療所から病院への、第一次医療から高次医療への、診療報酬の比重移動であった。したがって、15年間に医科の診療報酬が2.45倍になり、歯科の2.56倍に比べてわずかに及ばないといっても、歯科は医科の一般診療所に比べ、恵まれた時代であったと言ってよいのである。

薬価基準の引き下げで報酬減 !

 しかし、それ以後になると事態は一変する。変化はふたつである。第一は、医科であろうと歯科であろうと、引き上げ率が少なく、それ以前と一変している。原因は明確である。大蔵省による医療費抑制政策が大きくおおいかぶさったことである。医療それ自体の変化や費用増加等から医療費の適正水準を算出する時代は終わりを告げ、国家財政の悪化から、.医療費の伸びを国民所得の伸びにリンクするという政策がとられたのである。国民所得の伸びにリンクさせれば、健康保険によって支払われる保険料は、国民所得の伸びと歩調を合わせるから、医療費はそれによってまかなわれ、国家財政の支出は抑えられるという考えである。これによって、診療報酬の引き上げ幅は大きく落ちた。これが第一の変化である。
 第二は、その内訳であるが、医科に比べ歯科の引き上げ幅が低いことである。いま1984年から94年まで10年間を比較してみると、歯科の診療報酬は、IOOのものが1132と、13.2%上昇している。これに対して医科のそれは100から130.9へと30.9%も上昇し、両者の格差は大きい。何がこのような変化をもたらしたか。理由は明確である。
 薬価を引き下げ、その分を診療報酬の引き上げにまわすというのであるならば、財政に影響を与えるわけではないと、大蔵省は考えた。そこで、これは厚生省が政策的に診療報酬の引き上げに利用できるものとした。この前提のもとで、つぎのようなことが行われだした。医科で使う薬の値段の引き下げ分は医科の診療報酬の引き上げに使い、歯科のそれは、歯科の診療報酬の引き上げに使うという政策である。
 薬価差益は、今までそれぞれの医療機関に入っていて、医科の薬価差益は医科の収入であったが、この主張の根拠は、これを診療報酬として戻すというものである。
 この政策が行なわれた結果は明白である。医科は薬を大量に使う。歯科は少ない。したがって薬価差益は医科に多く、それだけ診療報酬が引き上げられる。歯科は逆である。これが80年代以後の歯科と医科の格差を引き起こすひとつの要因となった。

薬価差益の誤った配分 !

 このような考えは、法的にも理論的にも、私には正しいとは考えられなかった。
 健康保険では、保険によって支払われる薬価は、本来的には医療機関が購入する価格であり、現実的には一定率の上乗せは許されているものの、それを超えて差益が拡がると、この一定率以内に収めるために薬価が引き下げられているのである。薬価差益は医療機関の所得となるべき、当然の権利ではない。その引き下げによってえられた財源は、医療全体のあるべき姿のために用いるべきものなのである。
 事実、医科内部についていえば、眼科での薬価差益は眼科に、内科のそれは内科にとはなっていない。なぜ医科と歯科との間にだけ壁があるのかといえば、医師会と歯科医師会と分かれているからという以外、理由はない。
 私が中医協の委員であったとき、この医科の薬価差益は医科にという考えに反対した。私の記憶に誤りがなければ、反対したのは私一人であうた。医師会を代表しているY委員は、これに答えて、このことは歯科医師会と話し合い、同意をえている事項であると言い、歯科の委員の方を見た。反論はなかった。会の終了後、私はY氏に事の経過をただした。すると、中医協とは関係なく、当時の歯科医師会長が医師会の申し出に、あまり考えることもなく、軽く合意していたのである。中医協の歯科を代表する委員も、同会長のこの合意を医師会から知らされ、反対することはできなかったというのである。私は、Y委員に、この決定は誤りであることと、私は公益委員として認めないことを再度述べて、Y委員も私が反対したことを了承した。私は今も、80年代以後の診療報酬体系をゆがめた責任は、当時の歯科医師会長の軽い気持ちでの合意一結果的には組織の関係者としての独断的行動一にあると思っている。
 大蔵省は、薬価差益は医療側の収入になっているものであるから、これを診療報酬の引き上げにまわしても、全体としての医療費を引き上げるものではないと考えた。もちろんこの考えは誤りである。薬価が現実の売価に応じて引き下げられても、薬品会社は、新薬を出し、新たな価格を設定を 、事実上引き下げ分を相殺してしまう。この結果は、一時的に薬価が下がるだけで、長期的に見れば、薬価差益分は医療費の引き上げにまわり、その50%近くが入件費に支出されることになる。このメカニズムが繰り返されることによって、医科と歯科との所得格差の一因となったのである。

新技術導入を軽視した歯科診療報酬体系 !

 もちろん、歯科の所得を相対的に低めた要因はそれだけではない。中医協対策の違いもこれを生み出したと思っている。
 医師会のとった戦術は、つねに技術重視の医療の主張であり、それに基づく診療報酬体系の実現である。これに対しては、支払側も積極的に反対することができなかった。新技術を健康保険に入れ込んでいくと、当初、その単価は低い。ある程度、普及した時のことを考えて点数を決めるからである。こうした導入期をまず作り、次いでこれがある程度普及すると、適正な単価を求めて強い主張を行い、単価の引き上げを実現させていくのである。これが診療報酬体系を、診療所から病院へとシフトさせると同時に、財政事情から高次医療の点数が低く、高次医療を行う病院の赤字と不満、診療科間における格差と医師・歯科医師の所得格差を生み出していったのである。
 だが歯科医師会の行動は異なっていた。金属床とかメタルボンド等の健康保険への制度導入を自ら要望しながら、歯科医師会内部の反対のために、導入を阻止するという行動をとった。費用の増大をきらう財務当局は、これにのり、導入を停止しつづけた。
 制度上は、普及率が増大すれば保険導入をしなければならないものが、こうして導入されることなく放置され、いつしか、白ら導入を要望したことすら忘れられ、中医協の公益委貝が導入を強制しているかのようなことを公然と言う歯科医師の主張が活字になってあらわれる始末であった。
 この結果は、新技術の導入によって医療費を増大させる医師会とは対照的に、歯科診療報酬は停滞し続けたのである。
 その後、中医協の歯科側委員になった人は、こうした事実を委員になってはじめて知り、過去の記録を読み、診療点数を動かすメカニズムに気づき、今までの主張を改め、軌道修正をはかるのであるが、メタルボンド、金属床の導入に反対する声の前に、それができず、事態を改善できないということを経験したはずである。
 問題はそれだけではない。最近の中医瀦の医療経済実態調査(200ユ年6月)をみると、医科の個人立一般診療所の収支差額を100とすると、個人立歯科診療所のそれは52.5と、格差はいっそう拡大している。私が中医協の委員になった時、両者がほぼ100対100一少し歯科の方が上一であったことを思うと、考えられない現実である。これには、第3の要因が大きく作用している。それは歯科医師の数の増大という、今後も続くであろうものである。

歯科医師過剰の時代 !

 歯科医療の経営にとって、歯科医師の増大が大きな問題であることは、歯科医師会は充分知っており、問題解決に苦慮している。私もこの流れを止めるために厚生省の「歯科医師の需給に関する検討会」(1997〜98年)の座長をした。それ以後、歯科医師会は、「歯科医師の供給についてー21世紀歯科医療検討会議中間報告書ー」(平成13年8月)、「歯科医師需給問題の具体的対応」(平成14年6月7日)を発表し、現実的な7つの提言を行っている。
 ここで現実的というのは、実行可能なものであるから、歯学部への入学定員の削減ひとつをとっても、関係者の利害関係が衝突し合い、妥協の結果とならざるをえないために、どうしてもゆるやかな改革となっている。だが現実はかなり厳しいものではないか、と思われる。
 問題を大きくとらえてみよう。2100年、つまり21世紀末の日本の人口はどうなっているであろうか。厚生省発表の人口推計によると、6736万6000人だという。2000年の人ロの約55%である。あと数年のちを頂点として、日本の人口は減少に転じ、2050年にはマイナス20%である。明治以来、増加をつづけてきた人口が逆に減少するのである。将来はたしかに不確実であると、この一文のはじめに書いた。だが人口が減少に転ずることはかなりの程度で確実なものである。したがって、これを与件として考えざるをえないのである。
 人口の減少は、かなりの分野で需要の減少をみる。したがってそれに合った供給体制をつくりあげなければならない。歯科診療においては、こうした影響が直接あらわれる。これが電化製品とか、乗用車などの工業製品であるならば、国内需要を上まわる設備が存在しても、製品輸出の力があれば、過剰生産に陥ることはない。
 だが歯科診療サービスは輸出できない。日本の歯科医師の技術水準が高く、海外で開業することも考えられるが、こうしたことが一般化し、大量の歯科医師が海外に向かうとは考えられない。
 供給過剰、需要不足の状態が一国経済に生ずると、公共投資による有効需要拡大策が議論にのぼり、赤字国債の発行が行われる。しかしこうした政策によってうるおう産業は特定な分野であって、公共投資によって歯科需要が拡大すると考える人はいない。人口減少の21世紀は、歯科需要はそれだけでも需要は減少し、それに合わせて歯科医師の数を調整しなければならない。
 こうしたことは歯科だけの問題ではない。人口減少の21世紀の課題は計画的な供給サイドの確立なのである。上述した歯科医師会の二つの報告書は、歯科医師の供給が現にその需要に対して過大にすぎ、放置するならば、今後もその不一致は拡大することをふまえて、歯科医師の削減策を提案している。21世紀の将来に隼ずることは、現に歯科に関するかぎり生じているのであり、歯科診療所の増加が、80年代以後の歯科医療冬の時代の背後にあることは明確である。

難しい歯科医師数の削減 !

 こうした現実をつくりだしたのは、もちろん恵まれた歯科医療の時代が続いたため、歯学部の増設が続いたがゆえである。無計画的な増設である。このことは、もちろん、わが国の歯科関係者は見抜いていた。WHO(世界保健機関一国連の専門機関)の専門家諮問委員会として口腔保健医療関係者の今後のあり方を議した1989年11月のジュネーブでの会議に、8人の委員の1人として、森本基日本大学教授を送り、その第10章、勧告の8として、次のような日本に対する (明文化してはいないが事実上は日本を指している)警告を挿入させているのである。「いくつかの国での歯科医学校の乱増は非難されるべきであり、この種の無計画な活動によって生ぜしめられた資源の浪費を認めざるをえない」。
 この勧告は1990年にWHOから英語版が、91年にその日本語訳、森本基・宮武光吉監訳『口腔保健医療関係者に対する教育上の重要問題ー変革か衰退かー』(財団法人口腔保健擁会)が、出ている。あらためて書くまでもなく、日本の歯科医学校は戦後国立2校、公立1校、私立4校で、入学定員は1955年650名、60年690人であった。これは確かに少ない。だが上述した「恵まれた時代」に私大は17校に増え、国立は11校に増えた。上記の屈折点をなしたと書いた1980年に29校に増え、入学定員は3360人であり、国立840人、公立120人、私立2400人である。こうしたことが、歯科医師の過剰を現に引き起こしている。
 その後、入学定員の削減が行われた。2000年、2990人の入学定員、大学数に変わりはない。上述した日本歯科医師会の「歯科医師需給問題の具体的対応」は、入学定員を2200人以下にしようというものである。
 このような考えに対して、現在の時流、つまり市場での解決をはかる、という考えに賛成することはないであろう。入学定員の削減が、教員数の削減に通じる国公立大学は、日本歯科医師会の提案する300人の入学定員の削減(2000年の665人から365人へ)は容易ではないし、12校を7〜8校程度へ統合するのには地元の反対も加え、よほどの政治力がないかぎり、実現しないだろう。私大の10%以上200人の削減には経営問題がつきまとう。

歯科医師数削減に二つの道 !

 どういう道筋を通るかは別にして、21世紀の人口減を考えるならば、削減は必然なのである。道はふたつ。第一は、現状を放置し、競争にまかせることである。歯科医師過剰は年とともに増大し、歯科医師の収入は減り、国家試験に合格しても、別の職業につかざるをえないという状況が生まれることである。私が中医協の委員になったとき、将来の医師過剰に注意をうながし、イタリアでは現に医師資格を持っている人が、タクシーの運転手をしている実状に注意することを求めたが、こうした事態が生ずることである。
 これは不幸であるとともに社会的に大きな損失である。こうしたことを経過して、私立の医学部への入学希望者が減り、経営がゆきづまって廃校になり、医師供給が削減されていくという道である。この道は非常に長い調整時間を要し、社会的コストも大きい。これが今流行の政治潮流ー市場主義である。
 第二の道は、計画的調整の道である。上述した歯科医師会の提案がこれである。賢明な人たちであるならば、犠牲の少ないこの道を選ぶに違いない。私は、欧米の歯科医療の現状・歴史を知らない。しかし専門家の意見によると、ドイツでは社会の進歩とともに、虫歯と歯周病が減り、歯科への需要が減少すると予想し、ボン大学の歯学部は定員を70人から36人に、51%に削減したという。自由競争をうたうアメリカにおいてすら、日本人の留学生が向かった、歴史を誇る歯学部のひとつが、廃部になったという。自由競争を建前としている国ですら、日本と違い、歯科医学校の「乱増」を抑えるどころか、削減、つまり計画的調整が行なわれたのである。

歯科医師数削減は計画的調整で !

 もちろん、現在の日本の政治的文脈は市場主義であり、計画的調整は反対であろう。だが、計画的調整の必要性は、いろいろの分野で叫ばれている。一例はエネルギー問題にもある。1973年め第一次オイル・ショックを受けて、アメリカ物理学会は74年8月、エネルギーの効率的利用についてのシンポジウムを持った。そこでの結論は二つであった。第一は、エネルギー利用は計画的に多段階利用を行うこと。第二は質に応じた利用である。いずれも熱力学第二法則の適用である。
 多段階利用は、1000度を超える製鉄工程で使った廃熱をタービンに導き500度程度で発電を行い、それから出る廃熱で暖房、冷房を行うというように、エネルギーを温度によって何回も使うというものである。第二の、質による利用というのは、電気のような高質なエネルギーは、それでなければできないもの、たとえばモーターを廻すこととか、照明に使い、暖房や調理には使わない、というものである。
 たしかにスイッチひとつで自動的に暖房ができる電気は便利である。電気での調理は台所がきれいに保てる等の利点がある。だが質を考慮したエネルギー効率計算をすると、その値は低いというのである。そして、もしこの二つの視点で、計画的にエネルギー利用の調整を行うと、アメリカが現在使用している第一次エネルギーで、3倍の仕事をすることができるというのである。それとは逆に、現在アメリカのエネルギー浪費は、無計画的な市場主義ゆえである。こうした市場的調整の無駄は、いろいろの分野に存在している。エネルギー問題も21世紀の問題であり、これも計画的調整を求めているのである。
 偉大な経済学者たちは、決して市場調整を良しとしてはいない。オックスフォード大学名誉教授ハロッドはオックスフォード大学を去る数カ月前の連続講演の中で、「解決を市場にまかせろ、というスローガンが私たちに正しい解答を与えてくれるとは思われません」(R.ハロッド『社会科学とは何か』岩波新書122ページ)と言っているし、同じくオックスフォードの教授だったヒックスは、アメリカから帰り、彼を自らの師として歓迎してくれたアメリカの経済学者たちについて、彼らと私とは基本的な考え方が違うと言い、そのひとつとして、彼らは市場への信頼感が強い、私はそうではないと言ったという。ハロッドもヒックスも、ともに戦後を代表する経済学者である。彼らも市場での調整を支持しているわけでないことも留意し、歯科医師会が提案する上記の歯科医師過剰対策を実現させたいものである。


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Last-modified: 2007-05-21 (月) 23:13:08 (3986d)