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混合診療の危機 !

混合診療の危険」
医療制度研究会・済生会宇都宮病院院長 中澤 堅次


一部抜粋します。

医療は病人を弱者ととらえた社会保障です。弱者の救済には富の注入を必要とし見返りはありません。自由診療が基本のアメリカは、経済弱者救済のメディケイド、高齢者救済のメディケアに巨額な国庫資金を投入しています。この額は日本の国民医療費総額に匹敵し、自由診療のもとではじかれてしまう経済弱者を国が救済している形です。一方、日本の医療費は低く抑えられています。理由は公定価格による規制、さらに疾病ごとの包括払いを基本とするDPCなどで厳しい抑制をかけているからです。しかも国はその費用の3分の一しか負担していません。官僚統制が受診者の満足度を犠牲にしている難点はありますが、医療費用の観点から見ればこれまでは有効に働いているとみることができます。

医療が発達していなかった昔、お年よりが死を迎えるまでの支えは家庭がしていました。家庭が崩壊した今、必要最低限のサービスは、国が社会保障として提供するべきです。過剰なサービスは廃すべきですが、必要な資金は投入するべきです。今となってはなけなしの財源を投入するのですから、お年寄りの救済とは何かを、自然死も視野に入れて日本中が議論するべきです。

混合診療は規制を緩和する方向性なので、社会保障制度としては異質なもの、医療を消費産業とみなした利潤追求が目的で、現代医療の焦点、高齢者医療の本質を考えたものではありません。

 外国で効果が確認され日本では認可されない夢の薬は、メディアが混合診療に期待するものですが、この手の薬を使って一時的に癌が消えても、数ヵ月後には再び例外なく進行し、永遠の命をもたらすものではありません。高齢者の場合自然死と化学療法の効果の差は明確に区別をつけがたいというのが常識です。高齢者医療の本質を議論すれば混合診療の全面解禁がいかにいかがわしいか良くわかります。医療技術は自然死をも克服する、生命は地球より重い、国も個人も、無関係ではいられない家族も、これに全てをかけるべきだという現代人のセンチメンタリズムがまた大きな無駄を作らなければ良いと思います。









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Last-modified: 2007-06-17 (日) 17:47:35 (3869d)