Top / 世界の中の日本の医療と今後の医療改革−医療者の自己改革と「希望」を中心に−

2007年6月17日NPO法人みんなの歯科ネットワーク設立記念シンポジウム
基調講演原稿(講演後一部補足)

世界の中の日本の医療と今後の医療改革
−医療者の自己改革と「希望」を中心に−

二木 立(日本福祉大学教授)



はじめに−私の医療経済・政策学研究と言論活動の2つのスタンス
 本日は、「世界の中の日本の医療と今後の医療改革」について、「医療者の自己改革と『希望』を中心に」、医療経済・政策学の視点から、概括的にお話しします。本題に入る前に、私の医療経済・政策学研究と言論活動の2つのスタンスについて述べます(1,2)。
 1つは、医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から検討すること。もう1つは事実認識と「客観的」将来予測と自己の価値判断に3区分して検討することです。ここで、「客観的」将来予測とは、私の価値判断は棚上げして、現在の 政治・経済・社会的条件が継続すると仮定した場合、今後生じる可能性・確率がもっとも高いと私が判断していることです。
 私は、このような2つのスタンスから、医療政策の光と影(積極面と否定面)を複眼的に分析するようにしており、いたずらに危機意識をあおることは避けてきました。しかし、昨年からは、小泉政権が5年間実施した厳しい医療費抑制政策が臨界点を超え、このままでは日本の医療は崩壊の危機に瀕すると危機感を持つようになりました。それだけに、論文や講演では「よりよい医療制度」を目指した改革と「希望」の芽を語るようにしています。
 以下、大きく3つの柱に分けてお話しします。第1の柱「世界の中の日本の医療」は私の事実認識、第2の柱「よりよい医療制度をめざして」は私の価値判断、そして、第3の柱「敢えて『希望を語る』」は私の事実認識です。
 ここでお断りが2つあります。1つは、本日は、時間の制約があるため、医療制度改革についての私の「客観的」将来予測には触れないことです。この点に興味のある方は、文献(3)をお読み下さい。もう1つのお断りは、この基調講演では、歯科医療については触れないことです。私は、自分のよく知っていることのみを話し、知らないことは話さないことにしていますので、悪しからずご了承願います。

1.世界の中の日本の医療−私の事実認識
1)小泉政権の5年間の医療費抑制・患者負担拡大政策の帰結
第1の柱「世界の中の日本の医療」については、「小泉政権の5年間の医療費抑制・患者負担拡大政策の帰結」と「世界の中での日本医療の質の複眼的評価」の順にお話しします。
 小泉政権は5年間、歴代の自民党政権と比べてもはるかに厳しい医療費抑制・患者負担拡大政策を強行しました。その中心は、2002年の健康保険法改正による健康保険本人の自己負担率の引き上げと診療報酬の史上初の引き下げ、および2006年の史上最大の診療報酬引き下げと医療制度改革関連法の成立です。
 その結果、日本の医療費水準はG7(主要先進7か国)中最下位だが、患者負担割合は「最高」になりました。医療費水準の指標は2つあるのですが、総医療費の対GDP費は2004年から、1人当たり医療費(購買力平価)はそれよりも2年早い2002年から、G7中最下位になりました(4)。やや意外なことに、「国内総医療支出」(国民医療費に公式統計では除外されている患者負担等を加えたもの。医療経済研究機構が推計)中の患者負担割合はすでに1998年からアメリカより高くなっていました。さらに、2006年には、医療費と介護費の合計額が初めて減少すると推計されています(『社会保険旬報』 No.2310:5,2007)。
 私は、救急医療や産科・小児科医療を中心とした医療危機・荒廃は、1980年代以降四半世紀も継続された世界一厳しい医療費抑制政策と医師数養成抑制政策が臨界点を超えたために生じた、と判断しています。

2)世界の中での日本医療の質の複眼的評価
 次に、「世界の中での日本医療の質の複眼的評価」を述べます。一般に医療の質の評価を行う際には、客観的指標(平均寿命等)と主観的指標(医療満足度等)の両面から行う必要があります(6)。そして、この視点から見ると、日本の医療の質の国際的評価は分裂・矛盾しています。
 まず、客観的指標による評価の代表例は、WHO(国際保健機関)が2000年に発表した『World Health Report 2000』です。これにより、日本医療のシステム達成度が世界一と評価されたことはよく知られています。
 ただし、私はこの結果は複眼的に評価する必要があると判断しています。まず、客観的指標でみた日本医療の質が世界最高水準であることは確かですし、マクロにみた日本医療の効率(客観的指標÷医療費水準)は世界一であると言えます。
 他面、ここで見落としてならないことが2つあります。1つはWHOが用いた基礎指標は障害修正済み平均寿命、乳児死亡率等、日本に有利なものが多いこと、もう1つは日本を含めた上位国の得点は接近しており、日本が突出して高いわけではないことです(7)。そのために、私はこの結果のみを持って、日本の医療の質あるいは日本の医療制度は「世界一」と手放しでは誇れないと思っています。
 次に、日本医療の主観的評価について述べます。この点については、拙論(8)「医療満足度の国際比較調査の落とし穴」で、日本語または英語で書かれた12論文の文献学的検討を行いましたので、そのサワリを3点紹介します。
 1つは、医療満足度には2種類あることです。具体的には、医療制度に対する満足度と受けている医療の満足度で、これらはすべての国で相当違います。2番目は、日本の医療満足度は2種類とも、国際的にみて低位にあることです。3番目は、国際的にみると医療制度満足度と1人当たり医療費は相関するが例外もあること、および医療満足度と生活満足度の間には非常に強い相関があることです。
 私は、3番目の結果に基づいて、日本の医療満足度の低さの原因は、日本の医療費水準が低いこと、および日本人の生活満足度が低いこと(あるいは低く回答すること)で、相当部分が説明できると判断しています。
 拙論では、医療満足度と医療費についての濃沼信夫さん、大熊由紀子さん・勝村久司さんの指摘は事実誤認・誤りであることも示しました。具体的には、濃沼さんは医療満足度と健康の自己評価を混同していますし、大熊さんは医療満足度の区分が異なる2つの論文を機械的に合成した上に、デンマークと日本の医療費水準が同じとする初歩的誤りを犯しています。勝村さんは大熊さんの事実誤認に基づいて、日本の医療費を増やさなくても、デンマーク式の医療に変えれば、「患者の満足度はデンマークのように変わる」と主張しています。しかし、デンマークの医療費水準はどの年度をとっても日本より2〜3割高くなっています。
 これは論文には書かなかったことですが、私は、日本とデンマークは医療指標について両極端の国なので、単純な比較は意味がないと判断しています。具体的には、日本は客観的指標は世界一ですが、主観的指標は先進国中下位グループです。逆に、デンマークは、客観的指標は先進国中最下位ですが、主観的指標は先進国中最高です。

「医療満足度の国際比較調査の落とし穴」執筆後分かった5点
 さらに、拙論「医療満足度の国際比較調査の落とし穴」を本年1月に発表してから、新しく以下の5点が分かりました。
 第1に、真野俊樹氏は、内閣府『国民選好度調査』によると、医療への満足度は、患者負担が増加した1980年代以降、年々減少しており、特に「費用の心配をあまりせずに診察が受けられること」の満足度が減少していることを明らかにしました(9)。第2に、デンマークに留学体験もある菅沼隆氏は、「デンマークの医療満足度が極めて高い…最大の理由は、患者負担ゼロのかかりつけ医療制度にある」と主張しました(10)。第3に、林知己夫氏による「日本人の国民性」についての詳細な統計学的検討により、日本人はアメリカ人等に比べ、極端な回答を好まず、中間的回答が多いことが疑問の余地なく明らかにされています(11)。第4に、ヨーロッパ10か国の国民を対象にした膨大な実証研究により、健康の自己評価は国により回答スタイルが違い、特に北欧の国民の自己評価は過大であることが明らかにされました。しかも、このような国による回答スタイルの違いを補正すると、医療費水準と健康の自己評価には強い相関があります(12)。この点とも関連して、第5に、ドイツ・オランダ・イギリス3カ国の国民を対象にした詳細な意識調査により、医療制度への市民・国民の信頼は国際比較調査のストレートな尺度としては使いがたいことも明らかにされています(13)。

2.よりよい医療制度をめざして−私の価値判断
1)よりよい医療制度改革を考える上では3つの幻想を捨てる必要がある。
 次に、第2の柱「よりよい医療制度をめざし」た私の価値判断を述べます。まず私が強調したいことは、よりよい医療制度改革を考える上では3つの幻想を捨てる必要があることです。
 克服すべき第1の幻想は、「医療制度抜本改革が不可欠」との幻想です。医療制度改革についての国際的・国内的経験に基づけば、医療制度の抜本改革は不可能です(1:71頁)。  第2の幻想は、外国の優れた制度・方法を日本に直輸入すれば良いとの幻想です。各国の制度を、その歴史的・社会的条件を無視して、日本に直輸入しようとする人々を「出羽の守」と言います。私は、医療制度改革では、特にアメリカ「出羽の守」とデンマーク「出羽の守」が有害と考えています。なぜなら、アメリカとデンマークは、良い悪いは抜きにして、それぞれれ日本とは全く正反対の医療制度を有しており、直輸入はもちろん、部分的輸入も不可能だからです。
 克服すべき第3の幻想は、「医療効率化で、医療の質の向上と医療費抑制の両立は可能」という幻想です。私は、医療経済・政策学の視点から、医療の質を向上させつつ医療費を抑制できると称するたくさんの改革案を検討してきましたが、それらはすべて看板に偽りでした。御参考までに、最近の珍説は、がん難民の解消で、がん医療の質を引き上げつつ、5200億円もの医療費が節減できるとする日本医療政策機構のレポートです~(14)。最近のトンデモ数字は、死亡前医療費が人間一生の医療費の約半分を占め、それを減らせば医療費を大幅に抑制できるとする主張です(15)。
 6月12日に発表された経済財政諮問会議「基本方針(骨太の方針)2007」(原案)の「社会保障改革」の項でも、医療・介護サービスの「質の維持向上を図りつつ、効率化等による供給コストの低減を図る」ための、「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」が提起されていますが、医療経済学的には、それに含まれるどの対策の医療費抑制効果もまだ証明されていないか、すでに否定されています。

2)私の医療制度改革の複眼的スタンス
 次に、私の医療制度改革の複眼的スタンスについて簡単に述べます。これについて詳しくは、文献(1,2)に示した私の2つの著作、『医療改革と病院』と『医療経済・政策学の視点と研究方法』をお読み下さい。
 私は、日本で可能・必要な医療改革は、日本医療の現実と歴史を踏まえた「部分改革」の積み重ねであると考えています。具体的には、日本の医療制度の2つの柱(国民皆保険制度と非営利医療機関主体の医療提供制度)を維持した改革です。
 さらに私は、医療の質を引き上げるためには、公的医療費の総枠拡大が不可欠であると判断しています。私は、1994年以来、日本の医療費抑制政策を「世界一」(厳しい)と評価し、その見直し=公的医療費の総枠拡大を提唱しています(16)。なお、最近の医療費増加要因の国際比較研究でも、日本の医療費抑制が突出していることが再確認されています(17)。
 ここで、私が強調したいことは、最近強調されている、医療安全のための「説明と同意」を人員増なしで強化すると、医療者の負担が増加し、医療の質が逆に低下する危険があることです(今中雄一・他:第1回医療の質・安全学会,2006)。
 私は、公的医療費増加の主財源は社会保険料の引き上げであり、それにたばこ税、所属税と企業課税、消費税の引き上げを組み合わせることが、妥当だと判断しています(2:69頁)。
 しかし、私は、リアリストとして、医療者が医療機関の窮状を訴えるだけでは、公的医療費の総枠拡大は不可能だとも思っています。拙論(18)「医療・社会保障についての国民意識の『矛盾』」でも書きましたように、国民の大多数は良質な医療を平等に受けることを求め、格差医療・混合診療には強く反対している反面、医療者・医療機関に対して強い不信を持っており、医療の質の引き上げに不可欠な公的医療費の総枠拡大には否定的だからです。
 そのために、私は、公的医療費の総枠拡大についての国民の理解を得るためには、医療者の自己改革と制度の部分改革が不可欠だと考えています。このような私の主張に対して、良心的な医師から、「国民・患者の強い医療不信をそのまま認めすぎている」と批判を受けることもあります。しかし、私は、社会的には(相対的に)まだ強い立場にある医師・医師会・医療団体は、主観的には「譲りすぎ」と思うほど譲って自己改革を進めないと、国民やジャーナリズムの信頼は得られないと思っています(19)。
 このような視点から、私は、個々の医療機関レベルの自己改革としては、仝帖垢琉緡典ヾ悗量魍笋量棲硫宗↓医療・経営両方の効率化と標準化、B召諒欸髻Π緡邸κ〇禹楡澆箸離優奪肇錙璽形成または保健・医療・福祉複合体化の3つを、個々の医療機関の枠を超えたより大きな制度改革としては、^緡邸Ψ弍直霾鷂開の制度化、医療の非営利性・公共性を強化する医療法人制度改革、0緡点賁膺γ賃里亮己規律の強化の3つを提唱しています(1:74頁)。

3.敢えて「希望を語る」−私の事実認識
 最後に、第3の柱「敢えて『希望を語る』」について、お話しします。
 「はじめに」で述べましたように、私は、「このままでは日本の医療は崩壊の危機に瀕するとの危機感を持」っています。と同時に、昨年来、医療界とマスコミ、さらには安倍政権の政策の中にすら、小泉政権の絶頂期とは明らかに異なる動き・流れが生まれてきており、そこに一筋の希望があるとも考えています。そこで、フランスのレジスタンスの詩人、ルイ・アラゴンにならって、敢えて「希望を語ること」にします(ルイ・アラゴン「教えるとは 希望を語ること。学ぶとは 誠実を胸にきざむこと」。大島博光訳『フランスの起床ラッパ』三一書房,1955,140頁)。
 希望は、3つに大別できます。第1は最近の医療制度改革の肯定面と医療者の自己改革の動き、第2は昨年来のマスコミの医療問題の報道姿勢の変化、第3は安倍政権が本年に入って実施した、小泉政権の医療・介護・福祉抑制策の部分的見直しです。

1)この間の制度改革と医療者の自己改革の肯定面
 まず、第1の希望について、私の提唱している「個々の医療機関の枠を超えた[3つの]大きな制度改革」に沿って述べます。
 第1の医療・経営情報公開の制度化は、2005年以降相当進みました。主な改革は以下の4つです。。横娃娃鞠4月に施行された個人情報保護法により、カルテ開示が事実上法制化されました。∈鯒4月の診療報酬改定で、保険医療機関に対して医療費の内容の分かる領収書の発行が義務づけられました。ご承知のように、これは患者代表の中医協委員である勝村久司さんが主導されました。K槐4月に施行された第5次医療法改正により、医療機関の医療機能の情報公表制度が創設されました。て泳,砲茲蠖契澆気譴深匆餔緡屠/佑砲六業報告書等の第三者への開示が義務づけられただけでなく、都道府県は一般の医療法人から提出された事業報告書等も第三者から請求があった場合には「閲覧に供しなければならない」ことになりました(第52条の2)。
 第2の医療法人制度改革については、同じく第5次医療法改正により医療法人の非営利性と公益性が強化されました。具体的には、公益性をより強めた社会医療法人が創設されるとともに、今後新設される医療法人はすべて「持ち分なし」の基金拠出型法人とされました。医療法人の持ち分問題がほんの数年前まではタブーに近かったことを考えると、これは大きな前進と言えます。
 第3の医療専門職団体の自己規律の強化も、この数年相当進みました。それらは、医師会によるものだけでなく、各病院団体・医学会によるもの等、多岐にわたりますが、ここでは医師会によるものに限ります。
 まず日本医師会は、前執行部(植松治雄会長)以来、医師(会)の自浄作用を強調するようになっています。一例をあげると、2005年11月に発表された「自浄作用活性化推進に向けて ハンドブック」です。
 最近の動きで特筆すべきことは、日本医師会が本年2月に発表した「医療提供体制の国際比較」で、それまでの方針を変更して、「医師の絶対数は不十分」と公式に認めたことです。これを発表した中川俊男常任理事は、「日医は偏在が医師不足の主たる原因と言ってきたが、それに加え、絶対数も十分ではないことがわかった」と述べ、今後は絶対数の不足も訴えていく方針を示しました(『日本醫事新報』4321号10頁)。
 日本医師会が2005年度以降無過失補償プロジェクト委員会で検討してきた産科医療無過失補償制度が2007年度にも制度化される見通しが出てきたことも評価できます。実は、当初案ではこの制度の「趣旨」は金銭補償が中心だったのですが、医療被害者や弁護士等からの厳しい批判を受けて、現在では、金銭補償だけでなく、事故原因の分析・再発防止も大きな柱として位置づけられるようになっています。これと密接に関係する動きとしては、医師会・医療界の要請に応えて厚生労働省が3月に素案を発表し、4月から検討会を立ち上げた、医療版事故調査委員会(第三者機関)の設立の動きがあります。
 さらに、都道府県・地域医師会レベルでも、市民・患者に目を向けた自己改革の動きが生まれています。この点で先駆的なのは愛知県医師会で、2002年以降、医療安全対策委員会と苦情相談センターを発足させています。さらに、2006年には、茨城県医師会が、全国初の医療の裁判外紛争解決と言える「医療問題中立処理委員会」を発足させました。

2)昨年来のマスコミの医療問題の報道姿勢の変化
 第2の希望は、世論の形成に大きな影響を与えるマスコミの医療問題の報道姿勢が、昨年来(「日本経済新聞」を除いて)変化し始めたことです。この点は、小泉政権絶頂期の数年前とは様変わりしています。以下、全国紙4紙(「朝日」・「毎日」・「読売」・「日本経済新聞(以下、日経)」)の論調の変化を示します。

社説レベルの変化
 まず「社説」の変化を述べます。小泉政権全盛期には、4紙とも社説で小泉政権の医療費抑制策を支持するだけでなく、それの徹底を主張していました。例えば、「朝日」2001年11月18日「恐れず、切り込め 医療制度改革」です。さらに、2002年に医療特区での株式会社の病院経営が解禁されたときには、経済紙である「日経」はもちろん、「朝日」・「毎日」・「読売」もそれを支持し、しかもその理由は総合規制改革会議の主張と瓜二つでした(1:134 頁)。
 それに対して、「朝日」と「毎日」は、昨年から、社説で、医療費抑制策に慎重姿勢を表明し始めました。具体的には、「朝日」2006年6月19日「医療改革 とても安心できない」、同8月3日「社会保障 これ以上削れるか」、「毎日」2006年6月15日「高齢者医療 行き場のない人に温かい目を」です。
 特に8月3日の「朝日」社説は、「国民の生活に直結する社会保障について今後の青写真を示さず、やみくもに削れというのでは、不安をあおるだけだ」と小泉改革を批判した上で、「医療では、医師不足が深刻になってきた。医療費を抑える政策が続いた結果、病院の医師の勤務が厳しくなり、開業医に流れることが、一因となっている」と、医療費抑制政策が医師不足をもたらしたことを社説としては初めて指摘し、注目に値します。
それに対して、「日経」は、相変わらず、医療効率化=医療費抑制一本槍の社説を掲げ続けています。2006年2月11日「医療効率化もっと踏み込め」等です。「読売」は、昨年以降、医療費抑制策に正面から触れた社説を掲載していません。

一般の医療記事の変化
 次に、一般の医療記事の変化を検討します。結論的に言えば、論調の変化は社説よりも はるかに鮮明です。
 この点でも、「朝日」と「毎日」の論調の変化が際だっています。両紙は、今年に入って、医療危機・医療クライシスという用語を常用し始めました。さらに、「毎日」は1月23日から社会部が「医療クライシス」の連載を始め、「朝日」も4月2日から田辺功編集委員が「医療危機」の長期連載を始めました。
 さらに、3月末〜4月初旬には、「読売」、「朝日」、「毎日」が相次いで、医師不足・医療荒廃についての独自調査を発表しました。「読売」は3月29日に、全国の救急病院が過去5年間で約1割減少したとする調査結果を発表しました。「朝日」は4月2日に、全国80大学の産婦人科医局に実施した調査で、大学病院でも医師不足が深刻になっている実態を明らかにしました。「毎日」は4月3日に、全国の500床以上の病院と「全国ガンセンター協議会」加盟の病院を対象にして、患者の手術待ち期間を調査した結果、回答した病院の3割以上が「5年前と比べ待機期間が延びた」と答えたと報じました。3紙が相次いで独自調査を行ったことは、各紙が医師不足・医療危機の深刻さにようやく気づき、それの取材に本腰を入れるようになった現れと言えます。
 もう1つ注目すべきことは、社説で医療費抑制政策に慎重姿勢を示すようになった「朝日」と「毎日」だけでなく、「読売」も、今年に入って、日本の医療費水準が「先進国でも最低水準」である事実を報道するようになったことです(1月18日)。この点については「毎日」が突出しています。例えば、同紙は1月23日1面の「『高額医療費』は幻想」の見出しの記事で、「地方だけでなく、大都市にも『医療崩壊』が広がり始めた背景には、日本の低医療費政策がある」ことを、詳細なデータを示して論じました。
 それに対して、「日経」だけは、この基本的事実を一度も報じないだけでなく、逆に、 経済財政諮問会議民間議員と一体となって、日本医療が「高コスト構造」であるとの主張を繰り返しています。これでは、「日経」のみを読んでいる国民は、日本の医療費水準が欧米諸国に比べて高いと誤解しかねません。
 最後に、最近、私が驚いたのは、「朝日」の論説委員(梶本章氏)が、部分的にであれ、日本医師会の方針・活動を率直に評価する論評を発表したことです(4月4日夕刊「窓・論説委員室から えっ医師会が変わる?」)。実は、「朝日」を含めてすべての全国紙は、長らく、社内で「反日本医師会」のスタンスをとっています。これは私の友人の経済学者(医師会とは何の関係もない方)から聞いた話しですが、ある全国紙の若手記者がその友人に取材して、小泉政権の医療政策に批判的な記事を書いたところ、デスクから「この内容は医師会寄りすぎる。我々の立場は反医師会だ」と一喝され、ボツにされたそうです。梶本氏の論評は、そのようなステレオタイプとは明らかに異なり、注目に値します。

3)安倍政権が小泉政権時代の過度な医療・介護・福祉抑制策を部分的に見直し
 第3の希望は、安倍政権が本年に入って、昨年4月に小泉政権が強行した一連の医療・介護・福祉費抑制策の一部を見直したことです。主な見直しは以下の4つです。〆鯒4月の診療報酬改定で導入されたリハビリテーションの算定日数制限の見直し、∈鯒4月に創設された介護予防事業の対象になる「特定高齢者」の選定基準の大幅緩和、昨年4月の介護報酬改定で導入された軽度者への福祉用具貸与禁止の見直し、ず鯒4月に実施された障害者自立支援法での障害者負担の大幅増加を緩和するための「特別対策」の実施。
この点を含めた、「安倍政権の半年間の医療政策の複眼的評価」については、文献(21)をお読み下さい。

おわりに−「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」
 もちろん、以上述べてきた変化は、現時点ではまだごく部分的なものであり、厳しい医療費・医師数抑制政策の基調に変化が生じたわけではありません。また、本講演で肯定的に評価した制度・政策にも、さまざまな問題点が潜んでいるのも事実です。しかし、それでも、これらの変化により、今後の医療改革にわずかであれ希望が見えてきたことを見落とすべきではありません。
 それだけに、医療者は、「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」、医療費・医師数抑制政策の弊害とそれの転換を国民・マスコミに粘り強く訴え続けると共に、自己改革と制度の部分改革を積み重ねていく必要があると思います。迂遠なようにみえても、これが医療崩壊・医療荒廃を防ぐ唯一の道だと私は考えています。なお、この「絶望しすぎず、希望を持ちすぎず」という言葉は、ノーベル賞作家の大江健三郎さんが恩師渡辺一夫さんから教えられた、ルネサンスのユマニストの生活態度だそうです(1:256頁)。
 私のお話しは以上です。御清聴ありがとうございます。

文献 
(NLは「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」の略。いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載 http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/
いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ http://www.inhcc.org/

1) 二木立『医療改革と病院』勁草書房,2004.
2) 二木立『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006.
3) 二木立「医療制度改革関連法による医療制度改革の見通し」『文化連情報』No.345:28

  • 34,2006.12.1.(NLNo.28)
    4) 二木立「日本の医療費水準は2004年に主要先進国中最下位となった」『文化連情報』 No.331:30-32,2005.10.1.(NLNo.14)
    5) 医療経済研究機構『1998年度日米の国内総医療支出』2001.
    6)Blendon RJ, et al: The public versus the World Health Organization on health system performance. Health Affairs 20(3):10-24,2001.
    7) 堀真奈美「保健医療システムのパフォーマンス(第1回)」『Monthly IHEP』No.141:1-6,2006.4.
    8) 二木立「医療満足度の国際比較調査の落とし穴」『社会保険旬報』No.2302:44-51,2007.1.1. (NLNo.29)
    9) 真野俊樹「医療の危機と今後」『週刊社会保障』No.2415:42-47,2007.1.15.
    10)菅沼隆「デンマークの平均寿命はなぜ短いのか?」『週刊社会保障』No.2426:42-47, 2007.4.2.
    11) 林知己夫『日本人の国民性研究』南窓社,2001.
    12) True health vs response styles: exploring cross-country differences in self-reported health. Health Economics 16(2):163-178,2007.(抄訳はNLNo.32)
    13) van der Schee E, et al: Public trust in health care: A comparison of Germany, the Netherlands, and England and Wales. Health Policy 81(1):56-67,2007.(抄訳はNL No.34)
    14) 二木立「『がん難民』の解消で5200億円の医療費削減??」『文化連情報』No.347:22-24,2007.2.1.(NLNo.30)
    15) 二木立「終末期医療費についてのトンデモ数字」『文化連情報』No.351:26-28,2007.6.1.(NLNo.34)
    16) 二木立『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』勁草書房,1994.
    17) White C: Health care spending growth: How different is the United States from the rest of the OECD? Health Affairs 26(1):154-161,2007.(抄訳はNLNo.32)
    18) 二木立「医療・社会保障についての国民意識の『矛盾』」『文化連情報』No.335:20-21,2006.2.1(NLNo.17)
    19)二木立「私はなぜ医療者の自己改革を強調するか?」『文化連情報』No.337:28-29,2006.4.1.(NLNo.20)
    20) 二木立「医療改革−敢えて『希望を語る』」『日本醫事新報』No.4335:77-80,2007.5.
    26.(NLNo.34)
    21)二木立「安倍政権の半年間の医療政策の複眼的評価」『文化連情報』No.350:46-48,2007.5.1.(NL No.33).







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